八木邸
中京区壬生梛ノ宮町24/tel:075-841-0751(京都鶴屋)/
時間:9:30〜16:30/料金:1000円(抹茶・屯所餅付き)
歴史・見どころ
前川邸前の綾小路通を左に折れると、
『新撰組遺蹟』という石碑が目に入ります。
立て看板には『新撰組屯所公開中』との文字。
重厚な構えの長屋門をくぐると、
ここが新撰組の屯所となった八木邸です。
文久3(1863)年2月、江戸から来た浪士組は壬生に入り、
近藤勇・芹沢鴨ら13名がここ八木源之丞邸を宿舎としました。
以来慶応元年、西本願寺に移るまでここを屯所とし、
移転の後も隊士は八木源之丞氏を慕い度々遊びに来ていました。
玄関を上がると番所三つ道具と言われる魔除けの道具が架けてあります。
仏間への入り口は刀を振り回せないようにわざと低くしたそうです。
文久3年9月16日夜、局長芹沢鴨、妾お梅、平山五郎が就寝中
刺客(土方・山南、沖田、原田)に暗殺されました。
入ってすぐの仏間に寝ていた平山がまず犠牲となり、
次に奥の床の間にいた芹沢鴨とお梅が襲われました。
芹沢は床の間に架けてあった脇差しで応戦しましたが、
隣の部屋の文机につまずき転んだところを斬りつけられ、
絶命したといいます。
縁側沿いの部屋の鴨居にはこの時斬りつけられた刀傷が残っています。
深さ約2cm。Vの字型の刀傷は惨劇の凄まじさを物語っています。
芹沢がつまずいたという黒ずんだ文机も見ることができます。
座敷には、近藤勇像が置いてあります。
ケヤキの一木造りで四角張った近藤の特徴をよく捉えています。
縁側からは緑が美しい中庭が見えます。
新撰組のいた頃は縁側から二条城が見渡せたそうです。